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設立記念式典挨拶

 皆さま、本日はお忙しい中 日本理学療法士協会、大阪府理学療法士会を はじめ、

 国政、府政、市政で 私ども「理学療法士」を応援していただいております、先生方ならびにご支援戴きます関連企業の皆さまにも お集まり戴き、心より御礼申し上げます。

 

 さて、目前に迫りました、地域包括ケアシステムの稼働とともに、理学療法士は大きな岐路に立たされると思います。

 より 敏感な感性を持ち、より 強く、そして より しなやかに考え動けなければ、大きな流れに ただただ流されてしまい ピンチになるでしょう。しかし、この岐路で流れを読むことができれば チャンスにできるのです。そのためには、階層的な組織構造に裏付けられた 強い組織力というものが重要になってきます。前線で指揮を執る日本理学療法士協会を、大阪府理学療法士会を始め各県が支える必要があります。そして、急激な会員増加と地域特性の細分化にともない、同じように、大阪府理学療法士会を支える府下での地域組織が必要なのです。

 さて、本日ご列席の方々には理学療法士以外の方も おられますので、我が国における理学療法士(界)の構図を少しだけお話させていただきます。

 我々の最上位にある組織が「公益社団法人日本理学療法士協会」であり、今年度初めに10万人を超える組織となり、毎年1万人以上の会員が増えている巨大な職能団体となりました。この組織を地方で納めているのが「公益社団法人 大阪府理学療法士会」であり、会員数 約7,000名での日本で最大の都道府県組織であり、協会の方針に従い、大阪府でその特性に合わせて独自な活動を行っています。そしてこの度、設立を致しました一般社団法人吹田市理学療法士は、大阪府理学療法士会による府下での理学療法士施策や活動計画に則り吹田市域での実現に向け最大限の努力をし、地域包括ケアシステムに代表される吹田市固有の問題や課題については独自に活動を行っていく、より市民目線での活動を目的としています。要するに、日本理学療法士協会や大阪府理学療法士の活動指針を、吹田市の実情に応じて実施実行することが使命だと考えています。

 では、なぜ今、吹田市に理学療法士会という組織が必要なのかということです。

 手前味噌で恐縮ですが、私は現在、日本理学療法士協会と大阪府理学療法士会での役員をさせていただいております。この2つの大きな組織で仕事をして常々思うことは、組織が大きくなり過ぎて会員一人ひとりの顔が見えなくなったということです。たとえば、生涯学習についても、わざわざ休暇をとり大きな会場での大人数研修に出向くことが全く不要だとは言いませんが、少人数で業務後などの空き時間を有効利用するような学習の方がより効率的で多様なニーズに対応でき、学習効果も期待できると考えています。また、育児で一時休業された女性会員のリカレントについても、現実的ではない支援サービスがメニューに並ぶだけで、決して おざなり とは言いませんが、非常に実効性が薄いものとなっていますし、現に結果を残しているとは言えません。これらの原因は、組織が巨大化し末端会員の顔が見えなくなり、会議室での理論と現場感覚の乖離が起きているのだと考えています。このようなことを繰り返していては、日本理学療法士協会や大阪府理学療法士会の求心力は下がり、組織率低下そして弱体化の危惧を払拭できません。

 そこで、今後は末端で顔の見える会員支援を展開することが、必要であると考えました。会員の皆さまにとって、生涯学習支援や就業支援を近隣の顔の見える環境で行っていくことで、当会が継続性のある質の高い活動資源になれると考えています。

 吹田市理学療法士会が必要な2つめの理由は、先程も述べましたが「地域包括ケアシステム」を中心とした地域固有の問題や課題を解決する器が存在しないということです。日本理学療法士協会はもちろんのこと、大阪府理学療法士や2次医療圏というブロック区分でも吹田市という器には 残念ながらマッチングはしません。そこで、各市町村単位での職能団体としての器の整備が急務であり、行政との相互協力体制の構築には、理学療法士による市町村団体は不可欠だと考えています。更に、信用・信頼という点において、法人格を持つということは、非常に意義深いことであり、現に、一般社団法人であるということで、既に ご支援を申し出ていただく方々があり、誠に有り難いことだと思っています。

 以上のような大きな2つの理由で、創設をしました 吹田市理学療法士会ですが、実は大阪府下におよばず全国で初の市長村単位での法人格を有する理学療法士会となります。地方創生、一億総活躍と日本政府の方針も地方分権を進め、加速的に地方自治の時代に向かいます。吹田市理学療法士会は、大阪府理学療法士会の全面的なバックアップで設立に至った訳ですが、地方分権ということで、日本理学療法士協会も大いに注目をしていると聞いております。

 

 ここで、本日 お集まりの 会員の方々に申し上げます。

 吹田市理学療法士会が、市民の健康づくりに貢献できたという確かな実績を上げることが、わが国の理学療法士にとっての 先進的モデルとなり、全国で活躍する理学療法士たちの手本になると確信をしています。

 中央からの財政支援を受けられる体制が追いつかず、手弁当で活動を始める会ではありますが、皆さまの ご理解とご協力を頂戴し、市民のために 吹田市理学療法士会の知恵と技術を「全力で駆使しよう」ではありませんか。

 

 私の個人的な話になりますが、

 私はこの吹田で生まれ、吹田で育ち、昭和57年9月に出口町から移転してきた市民病院が この地で診療を開始した時のリハビリテーション科のオープニングスタッフであり、初代の理学療法士であります。34年前に 卒業したての若輩者が、吹田のリハビリテーション医療の礎になろうと誓い(もしくは思い上がったのかもしれませんが)、多くの仲間と手を携え市民病院で奮闘をしてまいりました。

 また病院内だけでなく、地域にも積極的に目を向け、20年も以上前になりますが、吹田市理学療法士作業療法士の会(通称吹田POTの会)というボランティアサークルをつくり、毎週末に小学校へ出向き、障害をもった子どもたちへ「学習姿勢の評価や運動の仕方、また教師へのアドバイス」を行ったり、市内の障害者作業所へ出向き、「職員さんからの相談に対応したり、作業所で働く方々への機能訓練」を行ったりしていました。この活動は私達の休日を返上していた都合で、多くが土曜日を利用して活動をしていた関係で、小学校の週休2日制の導入で、実質的に継続困難となり残念な思いもしましたが、私たち理学療法士が地域へ出向いて活動ができるという価値ある経験でした。

 このように、長かった理学療法士人生にも、そろそろ終着駅の輪郭が見えてきました。もはや、私が、先頭に立って旗を振る時代でないと思っています。しかし、事を始める時には、特に今回は前例のない先駆的事業ですので、何かと誤解をされたり、横やりや 風当たりが強いこともあろうかと思い、霞む眼、痛む腰、萎えた足、挙がらぬ腕ではありますが、風よけぐらいにはなろうかと、設立の旗振り役をさせて戴くことにいたしました。

 私を育んでくれた、吹田という街と 理学療法士という素晴らしい職業への「感謝」の意は尽きません、残り僅かな時かもしれませんが、少しでも御恩返しができればと思っています。

 

 最後になりましたが、未だ全てが手探りの吹田市理学療法士会でございます。何卒、ご理解、ご支援とご声援を賜りますよう、重ねてお願いし、私の挨拶とさせて戴きます。本日は、誠にありがとうございました。

平成28年10月17日

一般社団法人吹田市理学療法士会 会長 中川法一

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